インスタントフィルムの現在

「淫夏」展では、新旧(インポッシブル社製・ポラロイド社製)インスタントフィルムそろい踏みの感があります。
ご来場されるお客様には、インポッシブル・フィルムをまだご存知ない方も多く、幾度かご質問を受けましたので、今回はそのお話を。

 ご存知のように、インスタントフォトの代名詞として今も多くの人々が口にする「ポラロイド」は、
1937年に創設されたPolaroid Corporationの商標です。
ポラロイド社は、諸般の事情で、2008年、インスタントフィルム生産から撤退。
 直後、世界中に普及していた数十万台ものポラロイドカメラから見込まれる需要を旗印にして投資家を募り、
三十代の科学者を中心とする有志がロマンを胸に、IMPOSSIBLE社設立。
オランダ郊外に在るポラロイド社の工場、機械、スタッフを引き継ぎ、2010年より流通をスタートさせました。
 日本法人IMPOSSIBLE TOKYOが、アジア市場の拠点として、
(荒木さん呼ぶところの)「若社長」(当時23歳)を代表に据え設立されたのも2010年のことです。

 IMPOSSIBLEの初代CEOであるF博士は、1年ほど前、投資家の一人に席を譲り、
ヨーロッパでSupersenseという会社をたちあげました。
日本法人の活動は、同じメンバーでBccという会社をたちあげ、インポッシブルフィルムの総代理店となりました
(Bccでは、業務をひろげ、空間デザイン、ウェブサイトの設計なども手がけています)。
 このような体制の変動はあったものの、オランダの工場では変わらず、
ポラロイド時代からの工場長を筆頭に職人たちが、日々開発に明け暮れてきました。

 本展をご覧になっていただければ一目瞭然ですが、ポラロイド社とインポッシブル社のフィルムの現像結果は、
寸分たがわないシステムにのっとったものでありながら、まったく違います。
 また、ポラロイド時代には白一色であった縁取りに、ブラックやゴールド、ヴィヴィッドカラーやアニマル柄が使われていたり、
正方形の画像面が円形だったり、マゼンタ、シアンのみの発色だったり、
インポッシブルでは、折々に、期間限定の奇抜なアイディアが発揮されてきたこともわかります。
(展示では、その変遷の軌跡を見渡すことができます。)

 F博士は、蜘蛛の研究で学位を取得した生物学者でした。
シャッターを切ってからプリントに生成されるまでのプロセスを、フィルムと小さな暗箱で終始させる有機的な作用を、
デジタルの力を借りず実現するインスタントフォトは、この男に、大きな魅惑とロマンを与え、化学の世界へと身を投じさせます。
 しかし、IMPOSSIBLE創立初期に生産されたフィルムでは、現像液が写真面に逆山形に漏れだして跡がのこる、
現像液が乾燥していく途中で気泡を吹き出し写真面の皮膜で線香花火のような破裂を起こす、
などといった珍現象が茶飯事でした。
 上記のような現象は、いまは影をひそめましたが、現在でも、インスタント(瞬間)フィルムの名とは裏腹に、
シャッターを押しフィルムが排出されてから、画像が浮かび上がるまでに、数分~数十分かかります。

 なぜ、製造機械を共有し、往時のすべてを掌握する職人が仕事をしているにもかかわらず、このような事態が起きるのでしょう。
 その主要な原因は、原材料にあります。
環境保護のための規制が厳しくなり、ポラロイド時代には使えた原料のほとんどを、今では使うことができないのです。
職人たちは、材料配合の面ではゼロからのスタートを、経験値と探究心でカバーし、日々熱意をこめて生産にいそしんでいます。
いまだ価格がやや高めなのは、製造工程に手作業が多く含まれることもあって、絶対的な生産量が少ないためです。

 同じ銀塩どうしでも、現像液の内容も銀の量も、昔とは違ってきています。
美術品としての価値がプラスされ、美術館などで大切に保護されている場合が多いようですが、
もし70年代頃の銀塩写真と今のものを比較できる機会がおありでしたら、きっと違いに気づかれるはずです。
コクがより深いと言えば、近いでしょうか。

 F博士の場合は、ポラロイドに近づこうとして幾多の挫折を繰り返しながら、
インポッシブルのフィルムならではの「表現力」に気づきました。
再現性から表現性へ。
模索の過程で、博士がもっとも撮影していただきたいと願ったのが、かねてより彼がその作品を厚く敬愛していた荒木さんでした。
博士は、科学の追求だけでは乗り越えることのできない課題と直面し、
科学の領域からアートを実践するとはどういうことなのか、突き詰めて考えたのではないでしょうか。

 生理を重視する科学の枝が、作品という果実を支え、
人々の感性が共振したり、反発したり、感動したり、記憶を揺さぶられたりして、物語を紡ぐなら
それは、いずれ大樹に育つのではないか、と。

作品を得て、お客様にいらしていただいて。
呼吸するように気配を吸収して満たされてゆく。
AMは、写真がそうであるように、見る方たちの想いによって再生するスペースでありたいと思います。
 
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