森山大道 DAZAI ー ヴィヨンの妻 Villon’s Wife

2014.12.20 - 2015.1.31

2014.12.20 - 2015.1.31

12/20より、森山大道展「DAZAI」が始まります。

小説家・太宰治の作家としてのキャリアは、1933年から1948年にかけての、わずか15年。その短い時間の中で、20世紀の日本文学に強烈なインパクトを残しました。魅力的なストーリィと筆致は、日本のみならず海外でも、今もなお、深い影響力を持っています。

日本を代表する写真家である森山大道もまた、太宰文学に魅せられた一人でした。太宰の小説に初めて触れたのは、中学時代。学校を厭いストリートを学び舎としながら、映画と小説にのめりこんだ多感の時期に、太宰の小説と出会います。

本展は、森山大道最新写真集『Daido Moriyama: DAZAI』(MMMレーベル)の刊行とともに、企画されました。森山の青春期に多大な感応を与えた太宰へのオマージュとしてセレクトされた、時を跨ぐモノクローム作品とともに、太宰の代表作『ヴィヨンの妻』が収録されています。

時代の混沌のあおりを全身に浴びつつ、たくましく、健気に生き抜く登場人物の息づかいのなかに、太宰自身の死生観をうかがわせる『ヴィヨンの妻』は、1947年に発表された、太宰の代表作の一篇とうたわれる傑作です。主人公、大谷は太宰自身、その妻とは1939年に結婚した美知子をモデルにしたものと推察され、全篇を通して、妻さっちゃん(読者は最後まで、彼女の本名を知らされません)による女性の語り言葉で、綴られています。

太宰の小説は、女性を描くときの文体が突出している、と森山は言います。時代の空気やナイーブな心の動きがとじ込められ、生でアクチャアルな人間像をたちのぼらせる文体は、多くの人々を魅了し、森山の心をもとらえました。「『ヴィヨンの妻』をはじめとする太宰の小説は、僕が、嗅覚や視覚を通して感知し記憶した戦後のイメージと、ぴたり符合する」。

写真集『Daido Moriyama: Dazai』は、前述の荒木経惟作品集『結界』同様、パリフォト2014で先行発売されました。本展では、限定発売の英語版(1000部)と並行し、特別バージョンとして制作された、日本語版(限定350部)を発表いたします。展示には、写真集未収録作品も一部含まれています。

年末の皆様お忙しい時分と存じますため、オープニングレセプションは催さず、年明け1/10の作家サイン会(15:00スタート)をはじめ、写真集と関連するイベントを会期中に予定しております。詳細は随時お知らせいたします。

追伸:本展より、AMの開廊時間を変更し、13:00〜19:00とさせていただきます。定休日の月曜・火曜は変わりありません。

 

太宰治の小説へのオマージュとして森山さんによりセレクトされた作品で構成される『Daido Moriyama: Dazai』を読み解くよすがに、小説『ヴィヨンの妻』をひもといてみましょう。

夫(主人公・大谷)の破天荒なふるまいに引き込まれる妻の、鋭い観察にもとづく女性言葉で描かれていくこの小説は、敗戦後の日本の混乱期の空気に満たされた21日間のできごとを軸にしています。この短い期間のなかで変質する夫婦の関係を通して、一見して享楽主義とみられる夫の心中に「男には、不幸だけがあるんです。」という頽廃的な人(死)生観が見え隠れし、同時に、けなげに夫の行動を、盲目的な愛と直感的な義務感でうけとめ、全身で受け入れることによって変質していく妻の胸中が、精緻な彫刻のように彫り込まれています。

生きることの喜びを追い求めようとする妻と死をふさわしい落ち着き場所と暗示する夫、二人をとりまく人々の輪郭、随所に漂う時代の空気。
そのようなものをまさぐりながら、読み進んでいくうちに、ぼうようとした、しかし、じつに豊潤な読後感がのこり、われ知らず、太宰治の胸中にぽっかりと広がる空洞へ、もしくは、深い深い森のなかへ、足を踏み入れてしまう。その死より70年が経過した現在も、命日には多くの人々が彼の墓前に集まる理由も、そこからつづく読者の彷徨の一環なのかもしれません。

文中に、妻が電車の中吊りに、夫のフランソワ・ヴィヨンについての論文の見出しをみかけるくだりがあります。1461年の『遺言詩集』を代表作とするヴィヨンは、1431もしくは32年に生を享け63年以降に没したとされる15世紀フランスの詩人です。パリ大学を卒業、中世末期の百年戦争後の混沌の時代に、数度の投獄、最後には死刑を宣告されますが、特赦によって32歳で放免されています。犯罪者であり放蕩者。その死がいつ頃どのような原因によるものであったか、彼に妻があったのかなかったのか、記録は残されていません。

「いつ撮った写真であっても、戦後の匂いがすると言われるんだよね」と語る森山さんですが、太宰治の生きた時代との共振感にとどまらず、世界にひろがる森山ファンへ、新規に英語化された『ヴィヨンの妻』を通して太宰治の凄さが伝えられていく喜びも、作品セレクトの原動力となったそうです。

日本語版は、デッドラインぎりぎりで、刊行が決まりました。常にインターナショナルを意識してつくられてきたMMMレーベルでは、異色の存在。表紙のイメージは、桜です。ふわふわの表紙PP加工には「セレス」という最新技術が用いられ、通常用紙を綴じるとき糊の浸透をよくするために行われる「ガリ加工」が用紙全面にほどこされています。サイズのA5変形は、読むという状態を考えてのことです。

1/10のサイン会では、さらに、オリジナルのアイテムにポストカードを準備いたします。

皆様のご来場を心より、お待ちしています。