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荒木経惟「デロン君が帰ってきたゾーウ」

70年代の電通時代、荒木が仕事のあいまを縫って描いていたドローイングの中に、デロン君がいました。さらにその出自を辿れば小学生時代、初めての粘土細工は象だったのです。そのデロン君が香港の有志によって、セラミックのスカルプチャーに生まれ変わりました。3つの鼻は、求愛の印。どの鼻が一番先に女の子の寵愛を得られるか。競い合って、絡まり合ってしまいました。「デロン君、お帰りなさい!」の気持ちをこめての本展です。新生・デロン君と共に愉しい時間をお過ごしください。

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荒木経惟「霊安冬春」 Nobuyoshi Araki : Reian Toushun

近作での登場回数が増えるごとに、姿を変貌させていった人形たちが白いボックスに納められた。次の出番を心待ちしながら、のたりのたり安らいでいるようでもあり、疲れ果ててお役御免を願いつつ束の間の安穏をむさぼっているようでもある。奇々怪々の風態で、夜中にこっそりと箱を飛び出し遊び呆けているのかと勘ぐったりもするのだが、霊安箱にたむろする彼らは、いずれにしろ、自身の秘密を誰にも語らず、冬を越す。柔らかな春の陽射しは、もう、すぐそこに。

荒木経惟「霊安冬春」2019年2月22日〜3月27日 13:00-19:00 月曜・火曜・3/7-8 休  @artspace AM

#302 Jingumae Shibuya-ku Tokyo 150-0001

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荒木経惟 「銀塩女優 SUMMER XU」


銀幕にかけて「銀塩女優」。

中国を拠点に活躍を続ける女優、Summer Xuを撮り下ろしたモノクロームのポートレートを、花のポラロイドが彩ります。

本展に併せ、全展示作品を収録する可憐なカタログを、少部数ながら思いを込めて制作いたしました。

皆様のご来場を心よりお待ちいたしております。


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次回展覧会のお知らせ

荒木経惟 「銀塩女優 Summer Xu」

Summer Xu (许晴)は、北京を拠点に活躍する国際女優である。

フィルムアカデミー在学中の90年代のデビューから注目を集める。たゆまない努力と情熱、軽やかで自在な向上心で仕事に打ち込み、現在に至るまで、多様なジャンルで飛躍を続けて中国の人々に愛されている。

写真家・荒木経惟との最初の接点は、90年代の撮影である。その後の20余年の間に彼女は、数々の大作で重要な役割を担い映画賞受賞を重ねながら、優美な佇まいと可憐な姿の奥に、経験がもたらす複雑な精神の襞を潜ませてきた。

2018年秋、都心のスタジオのメイク室の階段をおりてきた彼女は、ノーメイクで日常愛用する服をまとっていた。ありのままの自分を現したいという望みは、すでに荒木に伝えられていた。 イヤホンで聴いているという彼女の最近のお気に入りのBGMが流れ、シャッター音が響く。濃密な時間のたゆたいに寄り添いつつ、ときに、荒木の発するジョークに声を立てて笑う立ち居振る舞いは、しなやかな自然体で、そして美しかった。 これまでの多くの旅を連想させる年季の入ったスーツケースいっぱいに詰め込んできた私服の、何度目かの着替えの前に「メークしたところも撮っておこうか」と荒木が声をかける。

黒で統一された衣服に映える真紅のリップが、色白の肌を際立たせる。荒木の指示で身体を動かしていくうちに、彼女の中でイマジネーションがみるみる膨らんでいく気配が傍目にもわかった。空気がさらに熱を帯びたころ、高まった感情は、许晴の瞳から涙を溢れさせた。彼女が奏でた物語がどのようなもので、どのような情景がその眼に映っていたのか、オブザーバーには知る由もない。ただ、頬を伝わる涙は静かに澄んでいてほんとうに綺麗だった。

翌日台湾の映画祭に出席して、帰国した彼女が、上がった写真の画像を見て非常に喜び、写真集を熱望しているということが伝わってきた。 東京での展覧会の初日は、彼女の誕生日にあたる。

モノクロームのポートレート作品30点とポラロイドの花によって構成される、荒木経惟x许晴「銀塩女優 Summer Xu」展は、1月22日よりスタートします。展覧会カタログ同時刊行。

タイトル:銀塩女優 Summer Xu 荒木経惟x许晴

会期:2019年1月22日~2月17日

会場:artspace AM    150-0001 東京都渋谷区神宮前6-33-14 神宮ハイツ302 03-5778-3913


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荒木経惟 涅槃少女 Nobuyoshi ARAKI nehan shoujo

涅槃の語源であるサンスクリット語の「ニルヴァーナ」には、“吹き消す”という意味がある。
涅槃とは、煩悩の吹き消された状態=仏教の突極的目標とされる世界である。
生存のために切り離せない食欲や睡眠欲を脱した死後の世界にこそ、涅槃があるとして、釈迦の死を指す語でもある。

本能を触発しない、と、人工知能(AI)にエレジー(哀歌)を奏した、前回展の作品に、
荒木さんの写欲を一段と強く惹きつけた一体の古い日本人形がいた。
ひときわ、強烈な魅力を放っていた少女である。
彼女の存在をメタファーに、荒木さんの最新の気分を具現化したのが本展「涅槃少女」である。

どのような時をくぐり抜けてきたのか、愛されたのか軽んじられたのかーー
古い人形にはそれぞれが背負う過去が匂い立つ。
その表情は万化にうつろい、つかみどころがない。
幼児のようにあどけなく無垢のようでもあり、酸いも甘いもかみ分けた老成のようにも見える。

荒木さんの配置する花に囲まれた様々な姿態の人形少女たちは、
(花々もまた、若々しく輝いていたり、枯れてしなだれたり、複雑な妖相をかたちづくる)
当然の事ながら生命を宿しては生まれてきておらず、であるならば、生まれついての涅槃の住人なのだろうか。
あたかも脳神経とつながっているかのように、キラキラと眼力を瞬かせているというのに。

荒木さんが、亡妻・陽子さんに贈ったプロポーズの記念は、球体関節人形の作家であり写真家であった
ハンス・ベルメール(1902―75・ドイツ帝国カトヴィア<現在のポーランド領>生まれ)の写真集だった。
1987年、荒木さんは、フランス人写真家、ベルナール・フォコン(1950ー)の
マネキン人形を写した作品展のオープニングに現れ、学ラン姿のフォコンと宴席を共にした。
もしかしたら、荒木さんには、ずっと昔から、人形が孕むなにものかに感応するセンサーがあったのかもしれない。

そもそも写真家とは、シャッターを押し込む瞬間、その身体には(おそらく)心がない。
空っぽの器と化した肉体は、からくり人形のように、何か神妙なもの、もしくは、奇天烈な力によって采配される。
瞬間の天啓ともいうべきものを受容する才能が、写真家を写真家たらしめ、
シャッターチャンスを悟るのである。
この、ある種超自然的な作用を、荒木さんは、“本能”と呼ぶ。

煩悩にまみれた人間世界の住人が、カメラを介して、限りなく悟りの境地へと近づく。
人形の虚ろと人間の本能とが壮絶に渦巻く、虚と実の薄皮一枚で隔たれた世界に挟まれると、
感覚が浮遊して、混沌へと迷い込んでしまう。
しかし、そうやって目くらまされているうちに、どこからか湧き上がる、
みずみずしく真新しい気力のようなもので身中が徐々に満たされていくことが、いつも不思議でならない。

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NOBUYOSHI ARAKI AI ELEGY

時代の風に吹かれるのはすきだよ。
でも、便利に慣れすぎちゃうと
人生までイージーになっちゃうような気がする。

荒木経惟「AI エレジー」
2018年10月10日〜11月30日
closed on monday, tuesday and10/19-21 11/14

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荒木経惟「78歳ノ写真夏」

8月1日より、荒木経惟展「78歳ノ写真夏」を
開催いたします。

前回のモノクロームを中心とした黒と白の階調から一転、
艶やかで多様な色彩のカラー・ポラロイド作品で
会場が彩られます。

Nobuyoshi Araki
78 sai no shamanatsu

2018年8月1日〜9月30日
13:00-19:00
closed:月曜・火曜 8/15-17 9/19-23

artspace AM
お問い合わせ:03-5778-3913

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荒木経惟 色盲老人P

ファインダーの中は、荒木さんの遊園。
意を受けて、ギャラリーの中が、作品のプレイグラウンドになりました。
モノクロームのポラロイド作品たちに囲まれて
ご一緒に心を遊ばせてみませんか。

荒木経惟 色盲老人P
2018.06.01 – 07.20
アートスペースAM
渋谷区神宮前6ー33ー14 神宮ハイツ301/302
13:00 – 19:00
月曜日と火曜日はお休みです。

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荒木経惟 天獄へのパスポート Nobuyoshi Araki The passport to the ꟼARADISE

1000 instant films+

これまでに、荒木さんによるポラロイド作品の展示を
(個展の一部である場合も、ポラロイドの展覧会である場合も)
ご覧になった方は多くいらっしゃると思いますが
今回は
一挙に1000点が展示されるという稀有な機会となります。

退色・変色もものかは。
1000のイメージそれぞれにフレーミングされた
「時」と「こと」の息遣いに
心を同調させて、
湧き上がる物語
(もしくは、呼び起こされた記憶)
と、しばし戯れてみてください。

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荒木経惟展「阿写羅」 NOBUYOSHI ARAKI ASHARA

自らの「遊び場であるファインダーの中」に、「微動する時間をフレーミングする」荒木の写真は、
とどまることなく異なる地平へと飛翔し、多様で限りないイメージの源泉であり続けています。

本展で、荒木経惟は、「写狂老人A」(*註1)に続いて「阿写羅(ASHARA)」を名乗ります。
三面六臂(3つの顔と6本の腕を持つ)とされる阿修羅は、仏法の守護神であり、
輪廻転成思想の「修羅道=諍いの絶えない世界(*註2)」を司る、闘いの神として知られています。

常々、荒木は、写真には、生と死、幸と不幸、善と悪、など
人生を交錯する全ての相反する要素が内包されていると語っています。
表層を突き抜けて瞬時に情感を注ぎ込む荒木のシャッターは慈しみを込めて開閉され
撮られるものはその所作に感応するからこそ
自らの生の根底にあるものをカメラの前に差し出すことができるのかもしれません。
眼前の事実をからめとった写真が、虚もまた真なりという逆説をはらむ不可思議。
荒木の写真は、常に見るものの精神世界を押し広げて既視と未知の端境をやすやすと越えさせてくれるのです。

既成概念や過去の自身の作品にすら、とらわれることなく提示される荒木の最新作には、
例外なく、斬新な発想が盛り込まれてきました。
2018年の初頭を飾る本展もまた、新しい試みによる未発表作品で埋め尽くされます。

荒木経惟展「阿写羅」
会期:2018年2月3日〜3月21日〔休・会期中の月曜火曜〕13:00 – 19:00
会場:アートスペース AM
150-0001 東京都渋谷区神宮前6-33-14 神宮ハイツ301/302

展示作品は、阿修羅の三面の顔にちなむ、3つのシリーズで構成されます。
ポラロイドフィルム作品3点を接ぎ合わせた組作品
連続する3カットによるコンタクト作品
「阿写羅日記」巻子本

みなさまのご来場を心よりお待ちいたしております。

*註①  葛飾北斎が、70代半ばより「画狂老人卍」と名乗ったことにちなむ。
北斎は、生涯を通して精力的に制作を続け、何度も改号をした。

*註②  衆生が、生き方に応じて輪廻転成し彷徨う六道と呼ばれる6つの世界があるとする仏教の教え。
六道とは、天道(てんどう、天上道、天界道とも); 人間道(にんげんどう); 修羅道(しゅらどう、阿修羅道とも);
畜生道(ちくしょうどう); 餓鬼道(がきどう); 地獄道(じごくどう)
阿修羅の語源といわれるサンスクリット語の「ASURA」は、紀元前12世紀ごろ古代インドの宗教文献『リブ・ヴェーダ』に登場する。
それによると、ASURAは、「生命を与えし者」を意味し、神々の総称であった。
のちに、天を表す「SURA」に否定の接頭語「A」を伴い「天にあらざるもの」とされ、
天道の神、帝釈天に一度も勝利できずとも闘いを挑み続けたといわれている。
険しい表情で威嚇的なポーズをとって描かれてきた阿修羅だが、
少年のような華奢な身体を持つ奈良・興福寺・阿修羅像の眉をひそめた哀しげな面立ちは
いうに言われぬ複雑な表情を浮かべている。
ーーーなんというういういしい、しかも切ないまなざしだろう。
こういうまなざしをして、何を見つめよとわれわれに示しているのだろう。
それが何かわれわれ人間の奥深くにあるもので、その一心なまなざしに自分を集中させていると、
自分のうちに自ずから故しれぬ郷愁のようなものが生まれてくる、
――何かそういったノスタルジックなものさえ身におぼえ出しながら、
僕はだんだん切ない気もちになって、やっとのことで、その彫像をうしろにした。
(堀辰雄『大和路・信濃路』より抜粋)

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